かみしろの小説

別に、読まなくったって生きていける

ヒロシの受難

※この小説は、禿田氏の受難の番外編です。

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「というわけだ」
「それで、ヒロシさんは、振り込め詐欺に失敗したわけですね」
「誰が、ヒロシだ! ……いや、まあいい。何とでも呼ぶがいいさ。どうせ、俺の本名なんて、この物語には登場しないんだ」
 ヒロシは、拗ねた。
「しかしな、不思議なことに金は振り込まれていたんだ。100万円ではなかったけどな」
「いくら、振り込まれていたんですか」
「115270円」
「半端な金額ですね。何か、意味があるんでしょうか」
「これがな、たぶん、いい子になれっていうメッセージだと思うんだよ」
「あっ! ダイイングメッセージ!」
「いや、おっさん死んでるわけじゃないんだから、ダイイングではないだろう」
「じゃあ、ダイニング?」
「何で、台所やねん! ……いや、まあいい」
「いいつっこみですよ、先輩。足を洗って、漫才師にでもなりましょうか」
「はぁ? 何言ってんだ、おまえ……って、ちょっと待て」
「はい、いつまでも待ちます。先輩のためならぁ~♪」
 だから、何の歌だよ。
「それ、いいかもな」
「ええ、いい歌でしょう? 僕が、作詞作曲しました」
「歌じゃなくて! 漫才のことだよ」
「えっ? マジウケですか」
 かくしてヒロシは、漫才師を目指すことになった。

「とりあえず、ネタを考えないといけないな」
「ええ」
「おまえ、考えろ」
「何でですか。フツー、言いだしっぺの先輩の役目でしょう」
「最初に言い出したのは、おまえだと、俺は記憶しているがな」
「……その通りです。分かりましたよ」
「おもしろいの書けよ。3分待ってやるから」
「3分! 短すぎですよ」
「じゃあ5分」
「微妙すぎます。せめて、10分ください」
「よし、そこで手を打とう。ラーメン伸びるしな」
「いや、ラーメンは3分で食べましょうよ」
 ――10分後。
「ネタが出来ました」
「おお見せてみろ。……っておい、これ寿司ネタじゃねえか! ベタなことやってんじゃねえよ!」
「はい、そうですけど何か?」
「何、吹っ切れた顔してんだ。何で、そう偉そうなんだよ。おまえ、何様だァ?」
「領収書は、上様でもらいますけど、何か?」
「うわっ、むかつくぅ。マジ、むかつくぅ」
「これ、キャベジンですけど、何か?」
「お、これで胃痛を……って、何? それ、口癖なの? 地味に、いらつくんだけど?」
「口癖じゃないですけど、何か?」
「それ、どう考えても口癖だろ」
「口癖とは、何か?」
「うわっ、今度は疑問文、来たコレ」
「生きるとは、何か?」
「哲学ぅ~、それ、哲学の領域ぃ~」
「漫才とは、何か?」
「それを考えるのが、俺たちの役目だ」
「戦いは、まだ始まったばかりだ」
「打ち切りか! もうええよ」

「こんなもんで、どうでしょうかね」
「えっ? 今のこれ、ネタだったの? おしゃべりじゃなく?」
「はい」
「というか、おまえ、フツーに芸人の才能あるんじゃね?」
「そうですかね。振り込め詐欺では、からきしの話術なんですけどね。だから、僕はお茶汲み係なんでしょうけど」
「マジで、漫才師目指せるんじゃね?」
「前科者ですけどね」
「まだ、捕まってないだろ」
「時間の問題でしょう」
「何だ? どうして、そう言い切れるんだ?」
「それはですね。うーん、言っちゃってもいいのかな。先輩、がっかりしちゃうと思うんです。ほんと、つまんない話で、きっと、失望させちゃいますよ」
「いいよ。そう気を遣わなくても。どうせ俺なんて、もう何人もの人間を失望させちまってるんだから、一回ぐらい、俺も失望しておくよ」
「やり手の詐欺師ですもんね」
「おうよ。今回はちょっと、アレだったけどな」
「じゃあ、ズバッと言ってしまうことにします」
「ああ、頼むよ。気になって、夜も眠れない」
「聞いても、眠れないと思いますけど」
「ああもう、何でもいいよ。早く吐いちまえよ」
「先輩も、吐く羽目になると思いますけど」
「いいよ。どうせ、上から出るか下から出るかの違いだろ」
「栄養取れませんよ」
「まあ、いいじゃないか。俺の勝手だ。俺が死のうが生きようが、誰も心配しねえ」
「ぼ、僕は、心配しますよ。先輩は、僕にとって大事な人なんですから。あなたが、必要なんです」
「後輩……」
「死なないで下さい。生きて下さい。生き恥を晒して下さい」
「すまん、軽率だった。そんなにも俺のことを……って、生き恥?」
「大事です。先輩は僕の……」
「いや、もうシリアスシーンはいいからさ。で?」
「でって? 何ですか、僕は今からとても大事なことを……」
「いやね。話の論点がズレていっている気がしたから、つっこんでみたんだけれどね」
「先輩、見事なボケ殺しですね。話をする気が失せました」
「えーと(ページをめくる音)、そうだ、時間の問題っていう話だ」
「先輩が捕まるのも……ってやつですね」
「ああ」
「それは……」
「それは?」
「それはぁ……」
「うん……」
「それはっ!」
「早くしろ」
「僕が早速、通報したからです」
「えっ、何を?」
「詐欺ですよ。決まってるじゃないですか」
「は?」
「僕、正義漢なんで、こういう不正は、許せないんですよ」
「じゃあ、何で、おまえ、ここにいるの」
「そりゃ、騙されたからですよ。いい仕事あるよって。電話して、せりふをしゃべるだけで、お金くれるよって、そう言われたもんで」
「……」
「僕、俳優志望なんです。だから、仲間を装って、初日に通報して、以来、警察と協力して情報を流しているんです」
「……」
「ヒロシさん。観念して下さい。もうどこにも逃げられません」
「……ば、ばかなっ!」
「自分が騙されるなんて、思いもしなかったんですね。ご愁傷様です」
「何で、こうなる!」
「もうええよ」

「……」
「これ、二つ目のネタです」
「……リアルに、じゃないよな」
「ネタですよぉ。何、言っちゃってるんですかぁ」
「……もう、誰も信じられない」
「そうですか」
「……ひきこもってやる!」
「だったら、願い叶いますよ、ほら」
「えっ?」
「警察だ」
「もうヤダこいつ。何回、俺を騙すの」
「やられた分は、やり返しますよ。ふふふのふぅ~」

 かくして、ヒロシは逮捕され、夕方トップのニュースで、彼の本名が流された。彼の名前は、岡山健二。都会に夢を見て上京をしてはみたが、ろくな職にありつけず、住所も定まらず、街を点々とする毎日。そんな時、ふと声をかけられた外国人に、
「イイノアルヨ。ゴクラク、イケルヨ」
 と薦められたが、
「そんなに、世の中甘くない」
 と断固拒否して去った。
 後日、その住宅地周辺で、クスリの売人が逮捕されたと聞いて、騙されなくてよかったとほっと胸をなでおろした健二は、次の日、運命的な出会いをする。そう、それが、山田台五郎との出会いだった。
 山田台五郎って誰だよ、なんて、野暮なつっこみをするんじゃねえ。山田は、この業界じゃ言わずと知れた有名人なんだよ。業界? 決まってんだろうが! 振り込め詐欺グループのことだよ。おまえ、今まで何の物語だと思ってたんだよ。芸人を目指す若者の話とでも思っていたのか? 甘いな。甘すぎるぜ。そんな、成長物語なんて、俺が書くわけねぇだろうが!
「おまえ、俺とてっぺんを目指さねえか?」
 頭上、高く昇る太陽を指差し、頭のてっぺんを光らせた台五郎は、健二にそう言った。台五郎は、のちにこの出来事をこう語っている。
「夏の暑さで、ちょっと頭が沸いていました。調子乗って、すんません」
 健二は、隠れた才能であった話術で、グループ内でめきめきと頭角を現すようになった。例えば、こういう遣り口である。
「母ちゃんさぁ、俺、やりきれないんだよ。こんな事故くらいで、人生捨てるようなこと、したくないんだよ。俺には、夢があるんだ。母ちゃんを楽させてやりたいっていう夢がさ。だから、今だけ、助けて欲しいんだ。そうすれば、俺はきっと、いつかビッグになって、母ちゃん孝行してやるからさ。ね?」
「おまえ、調子乗ってんじゃねぇよ! 俺、今まで、どれだけ苦労してきたと思ってんの? 子どもの俺を放ってさ、酒にギャンブルに溺れた日々があったよね。そりゃぁ、オヤジがあんな男だったから、オカンが寂しい思いをしてたのは、よく分かるよ。けどね、俺だって寂しかったんだ。愛されていないんじゃないかって、ずっと不安……だったんだよ?」
「オレ……オレだよ。家を飛び出して、ずっと帰ってなかったから、いきなりこんなことを言うのは、間違ってるとは思うよ。お金が欲しい……だなんてさ。ハハッ。大口叩いて飛び出したオレがさ。滑稽だろ? でも、それが、オレなんだ。あんたの……息子なんだよ」
 あまりの演技力に、健二はこの業界内では、憑依系演技詐欺師として有名だった。
 健二に騙されて、お金を振り込んだ女性たちは、警察の事情聴取の折に、こう語っている。
「息子じゃないことは、分かっていました。けれど、引き込まれてしまうんです。こんな息子が、もしかしたら、私にいるのかもしれない。いや! むしろ、いてほしい! そんな気分にさせるんです。……彼には、才能があった」
「健二は、私の息子ですよ。よく、電話をくれるんです。いつも、お金の話が絡んできましたけど、それは、事情があってのことですよ。騙されてるって? いえいえ、そんなことはありません。他にいる、彼の母親たちとも、時々オフ会をして情報を共有しているんですけどね。色々な物語がそこにはあって、健二は、そのひとつひとつに、真剣に取り組んでいるんです。……ええ、仰るとおり、私たちは、岡山健二のファンです。電話がくるのを、毎日、楽しみにしていました」
「わしはよ、これから、ヒロシがどんな将来をおくっていくのか。見守っていきたいと思っているよ。え? わしには、息子なんていない? 娘さんしかいないじゃないかって? そんなこたぁ、分かってるよ。わしをバカにしてんのかい? でもな、あんた。女は怖いよ。あんな太ったおばさんが、まさか、結婚詐欺……え? その話は、ここでは関係ない? ヒロシからかかってきた電話について話をしろって? もう、何回もおんなじ話しすんのめんどくさいから、本編読んでくれよ」

老人喰い:高齢者を狙う詐欺の正体 (ちくま新書)

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