かみしろの小説

別に、読まなくったって生きていける

ヒロシの受難

※この小説は、禿田氏の受難の番外編です。

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「というわけだ」
「それで、ヒロシさんは、振り込め詐欺に失敗したわけですね」
「誰が、ヒロシだ! ……いや、まあいい。何とでも呼ぶがいいさ。どうせ、俺の本名なんて、この物語には登場しないんだ」
 ヒロシは、拗ねた。
「しかしな、不思議なことに金は振り込まれていたんだ。100万円ではなかったけどな」
「いくら、振り込まれていたんですか」
「115270円」
「半端な金額ですね。何か、意味があるんでしょうか」
「これがな、たぶん、いい子になれっていうメッセージだと思うんだよ」
「あっ! ダイイングメッセージ!」
「いや、おっさん死んでるわけじゃないんだから、ダイイングではないだろう」
「じゃあ、ダイニング?」
「何で、台所やねん! ……いや、まあいい」
「いいつっこみですよ、先輩。足を洗って、漫才師にでもなりましょうか」
「はぁ? 何言ってんだ、おまえ……って、ちょっと待て」
「はい、いつまでも待ちます。先輩のためならぁ~♪」
 だから、何の歌だよ。
「それ、いいかもな」
「ええ、いい歌でしょう? 僕が、作詞作曲しました」
「歌じゃなくて! 漫才のことだよ」
「えっ? マジウケですか」
 かくしてヒロシは、漫才師を目指すことになった。

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禿田氏の受難

 これから、この物語の主人公となる男のプロフィールを、軽く紹介しよう。
 名は、禿田徹平。四年前、人員削減を掲げた会社の求めに従って、早期に自主退職し、多額の退職金を得た。退職後、家庭を顧みなかった仕事一徹の生活から脱し、妻との、慎ましいながらも穏やかで、あたたかな愛にあふれた生活が送れることを夢想していたが、退職と同時に妻から三行半を突きつけられる。
 子供がひとりいたが、大学進学とともにひとり暮らしを始め、両親のいざこざには一切不干渉。退職金は、泣いてすがるおっさんの言い分にまったく耳を貸さない、「四十年間、ずっと我慢してきたのよ。家事なんて、面倒くさいのよ」と訴える妻とともに、慰謝料という名前に改名して去った。
 現在、男は、妻の目から最後まで隠しきった雀の涙ほどのヘソクリと年金で、毎夜、スナック『四十年目の憂き目』のホステス、ヨリコとの、偽りの夜に生きがいを見出すしかない、寂しいやもめ生活を送っている。ちなみに、ヨリコは、四十代後半の、ただのデブのおばはんである。
 さて、主人公にしては、何の華もない男が、一本の電話を取るところから、この物語が始まる。

  チリンチリン……
    チリリリリリン……

 寝そべって、野球のテレビ中継に見入っていたおっさんは、電話のベルが聞こえてきて、文字通り飛び上がった。
 おっさんのひとり暮らしには、珍しい電話のベルである。おっさんは、「もしかしたら、あいつめ、寂しくてとうとう復縁を迫ってきたか。このやろうめ。今さら遅いんだもんね。絶対、復縁なんかしてやらないもんね」と強がりつつも、内心、心臓をドキドキさせながら、白の肌襦袢を身に着けただけの格好で、今や世にも珍しい黒電話の受話器を取った。

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